大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和36年(ヨ)269号 判決 1961年12月20日

申請人 安徳照幸

被申請人 中村製菓株式会社

主文

申請人が、被申請人に対して、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人は、主文同旨の仮処分の裁判を求め、その申請の理由として、

(一)  被申請人(以下会社という)は、菓子の製造販売並びに養鶏などを業とする株式会社であり、肩書地に本店、工場を有している。申請人は、昭和三十二年四月十五日、会社に期間の定めなく雇傭され、製菓工として勤務している。

(二)  会社は、昭和三十六年六月二十五日、申請人に対し、口頭をもつて「赤字経営」を理由に、解雇の意思表示をした。

(三)  しかし、右解雇の意思表示は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為として無効である。即ち、申請人は、同僚の従業員と共に、会社の賃金その他の労働条件が極めて低いうえ、封建的労務管理がとられて従業員が苦しんでいる状態を改善する為め、労働組合を結成すべく、昭和三十五年十二月頃から従業員の間で中心的に活動した。本件解雇は、会社が、右申請人の労働組合を結成しようとした活動を嫌い、これを決定的理由として行つたもので、会社のいう赤字経営は、単なる偽装の口実にすぎない。

(四)  仮に、右の主張が認められないとしても、本件解雇の意思表示は、申請人の信条(思想)を理由として、申請人をことさらに差別して取扱つたもので、憲法第十四条第一項、同第十九条の精神に違反し、労働基準法第三条に違反する無効のものである。即ち、申請人は、日本民主青年同盟(以下民青という。)の同盟員として活溌に活動していた。会社は、民青をいわゆる「アカ」の組織、「共産主義者の集り」として嫌悪していた。本件解雇は、会社が、申請人を民青の同盟員であり、共産主義の信条を持つているものとして、企業から排除すべく、ことさらにこれを他の従業員と区別して行つた差別待遇である。

(五)  仮に、右の主張が認められないとしても、本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用として、民法第一条第三項に違反し、無効である。会社のいう人員整理の必要は、合理的な根拠がなく、やむを得ない事情に基くとはいえない。仮に、ある程度企業整備の必要があつたとしても、その主張する申請人解雇の基準も不明確、不合理であり、本件解雇が客観的にみて妥当性があるとは、とうてい言えない。従つて、本件解雇は、権利の濫用とみるほかはない。

(六)  申請人は、会社から支払われる賃金のみで、その生活を維持している。従つて、このまま賃金の支払いなき状態で提起準備中の解雇無効確認の本案判決確定まで待つことは、生活が破壊され、回復できない損害を蒙ることとなる。よつて、本件申請に及ぶ、

と述べ、会社の主張事実に対して、

(七)  (イ)会社主張の日時に、会社が、その従業員たる申請外倉本洋海、同福島千代子を解雇したこと、(ロ)申請人が、独身で、会社の寮で生活していること、(ハ)会社は、申請人に対してその主張のとおり、解雇予告手当の提供を為し、申請人がその受領を拒んだことを理由に、これを弁済供託したことの諸事実は認めるが、(ニ)会社主張の人員整理の必要がある旨の事実及び申請人に対する解雇事由は否認する。

と答えた。

被申請人は「申請人の申請を却下する。申請費用は、申請人の負担とする。」との裁判を求め、申請人の主張事実に対して、

(一)  申請人主張の事実(一)は、申請人を雇傭した日時、申請人の職種の点を除き、これを認める。申請人主張の雇傭日時、職種の点は否認する。会社が、申請人を雇傭したのは、昭和三十二年六月十日であり、製菓工見習として採用した。

(二)  申請人主張の事実(二)の、解雇が為されたことは、その主張のとおりすべて認める。その際、会社は、申請人に対して、解雇予告手当として、平均賃金三十日分にあたる金九千四百二十円を提供したが、申請人は受領を拒否した。よつて、会社は、昭和三十六年六月二十六日、右金員を福岡法務局に弁済供託した(同法務局昭和三十六年度金第九〇〇号)。

(三)  申請人主張の事実(三)の不当労働行為は、全て否認する。会社の労働条件は他に比較して決して低くないし、厚生設備もととのつている。また、申請人が、中心となつて、労働組合を結成しようとした事実はないし、仮にあつたとしても、会社はそのことを知らない。むしろ、会社としては、労働組合の結成は賛成していた。

(四)  申請人主張の事実(四)の差別待遇も、全て否認する。会社は、本件解雇当時までは、民青の存在すら知らなかつたし、まして、申請人がこれに加入していたかどうか知る由もなかつた。

(五)  申請人主張の事実(五)の解雇権の濫用も、否認する。

(六)  申請人主張の事実(六)の仮処分の必要性は不知、必要性があるとの申請人の主張はこれを争う。

と答え、更に、

(七)  申請人を解雇したのは、次のとおりの理由によるものであるから、申請人主張の如き違法はない。

(人員整理の必要)

会社は、創設以来、菓子の製造、販売を業として順調に経営を続け、昭和三十五年九月頃、更に製菓材料としての鶏卵の自給の為め、養鶏部を新設した。ところが、第五営業期(昭和三十四年五月から昭和三十五年四月まで)までは、毎期相当の利益があつたのに、第六営業期(昭和三十五年五月から昭和三十六年四月まで)において、はじめて多額の欠損を出すに至つた。そして、右の赤字を解消する為めの販路拡張その他の成案もたたず、前年どおりの経営を続けるならば、第七営業期においても欠損は避けられない状態となつた。右のとおり、会社は、企業整備の必要に迫られ、従業員整理の必要を生じた。

(解雇の具体的理由)

そこで、会社は、就業規則第三十六条第一項第三号の「事業の都合によりやむを得ぬ事由又は設備の著しい変更によつて剰員となつたとき」という解雇基準にあたるものとして、前記のとおり、申請人を解雇したほか、同じ日に従業員たる申請外倉本洋海、同福島千代子を解雇した。会社が、この人員整理において、右三名を解雇した具体的理由は、次のとおりである。即ち、右倉本は、かねて他店での修業を望み、辞意をもらしていたし、右福島は、福岡市桜木町所在の会社売店に販売係として勤務していたが、右売店を企業整備の必要上閉鎖することとなり、他に配置転換の余地がなかつた。そこで、申請人を解雇対象に選んだ理由を挙げると、左記のとおりである。

(イ)  申請人には、その上長たる会社職長亀井久蔵から、すでに雇傭後四年を経過して製菓工見習の課程を終り、将来菓子職人として自立する為めには、他店に移つて広く他の技術を修得すべき時期に達した旨の意見具申があつた。

(ロ)  申請人は、他の従業員に比較して、作業能率が劣る。

(ハ)  会社は、菓子などの小売りもしているが、夕方など、一時的に売店が非常に多忙となることがある。そのようなとき、他の製菓工業従業員は、就業時間終了後といえども、自発的に、売店の手伝をして、会社に協力して来た。ところが、申請人は、会社が時間外の割増賃金を支払わないとの理由で(実際は、夕食などの名目で支給している。)これを手伝わず、平然と外出したりして、会社に協力しない。のみならず、申請人は、他の自発的に手伝いしている従業員の労働意慾を阻害する如き言動を為していた。

(ニ)  会社には、独身者のため、寮があり、申請人もこれに居住しているが、寮にはその運営の円滑を計り、かつ秩序を維持するため、門限の定がある。ところが、申請人はこれを守らず、しばしば門限後に帰寮し、また、その際、戸締りに意を用いず、非常に不用心なことも再三あつた。

(ホ)  申請人は、予ねて、他店に入つて製菓技術の修業をしたいと前記亀井職長に申出たことがあり、また同寮に対して実家に帰つて酪農でもしたいともらし、会社を退職したいとの意向をもつていた。

と述べた。

(疎明省略)

理由

(一)  申請人主張の事実(一)は、会社が申請人主張の如き業を営む株式会社であつて、肩書地(福岡市新柳町一丁目一番地の二)に本店、工場をもつていること、雇傭日時、職種の点を除き、申請人が会社に、その主張の如く雇傭されたこと、はいずれも当事者間に争いがない。そうして、証人酒井繁雄の供述によると、申請人は、昭和三十二年六月十日、会社に製菓工見習として雇傭されたことが認められる。この認定に反する疎乙第三号証の一の記載並びに疎甲第二号証の記載及び申請人の供述は措信し難く、他にこの認定を左右する疎明はない。

(二)  申請人主張の事実(二)のとおりの解雇の意思表示が為されたこと、及び会社はその際、会社主張の事実(二)のとおり、申請人に対し解雇予告手当を提供したが、申請人がこれが受領を拒否したため右解雇予告手当金を供託したことは当事者間に争いがない。

(三)  そこで、まず、会社のいう人員整理の必要について考えてみる。成立に争いがない疎乙第三号証の一、二、同第六号証及び証人酒井繁雄、同力丸金亮の供述、右疎乙第三号証の一、二の記載及び証人力丸の供述により成立を認め得る疎乙第二号証の一ないし四及び同第五号証の一ないし四によると、(イ)会社は昭和三十一年一月資本金七十万円で設立され、以来各営業期ごとにそれぞれ利益をあげて来たが、この間製品の売上総額は、第四営業期(昭和三十四年四月末日決算)を除き、漸次増加しているのに、これに対する利益の割合は、第三営業期(昭和三十三年四月末日決算)以来次第に、減少し、遂に第六営業期(昭和三十六年四月末日決算)において、総額四十六万六千五百五十三円余の欠損を生じたこと、(ロ)もつともそのうち金三十五万千百四十一円は、製菓原料(鶏卵)自給を目的として昭和三十五年九月に新設した養鶏部門において生じた欠損で、これは将来産卵が順調にゆけば回復の見込があるけれども、他方製菓販売部門においても金十一万五千四百十二円余の欠損を生じていること、(ハ)会社側は、右製菓販売部門での欠損は人件費と包装費の増加によると判断し、右第六営業期の決算終了後、右収支の不均衝は、早急に回復する見込はなく、かつ営業政策上包装費の削減はできないので従業員を整理する必要があると考えたこと、(ニ)昭和三十六年五月当時における従業員数は、二十三名であつたこと、が認められる。そうして、このような状況の下に、会社が、その経営の必要上、右のとおり人員整理を決意したとすれば、前記のとおり資本金七十万円、従業員数二十数人という小規模の会社としては、右欠損原因の判断及び対策が、科学的な経営の見地からみて誤つているかどうかの点は別として、他に特段の事情が認められない限り、社会通念上特に不当というにはあたらず、会社就業規則第三十六条第一項第三号(ここに会社主張の趣旨の規定があることは、前掲証人酒井繁雄の供述により成立を認め得る疎乙第一号証により明らかである。)にも該当すると考えられる。前掲疎明資料及び成立に争いなき疎甲第二号証、並びに申請人の供述によると、会社は、昭和三十五年中に鉄道弘済会に製品の納入をはじめて販路を拡張するほか新製品の製造に着手し、また昭和三十六年四月には福岡市桜木町から肩書地に工場を移転して窯その他の設備を更新し、なお同年六月には同系の株式会社中村屋から販売員五人(女子)を転入させ、さらに本件解雇後、同年十月頃には製菓部門に一名の新規雇傭が為され、また従業員数を全体としてみれば、設立以来欠第に増加の傾向があることが認められるが、これらの諸事実をもつてしても、直ちに前記の認定を覆えすことはできず、他にこの認定を左右するに足る疎明はない。

(四)  しかし、具体的に申請人を選んで為された解雇が、申請人主張の如き不当労働行為又は差別待遇になるかどうかは、また別個に考える必要があるのは、勿論である、そこでまず申請人に対する会社主張の具体的な解雇事由(解雇対象者として選んだ理由)を考えてみる。

(イ)  会社主張の事実(七)の(イ)(見習期間の終了)については、証人亀井久蔵、同酒井繁雄の供述及び右亀井の証言により成立を認め得る疎乙第四号証並びに証人山内啓徳の供述によると、業界一般に、製菓職人の見習として店に入つた者は、三、四年のいわゆる「修業」期間を終ると、一応他店に転職して更にそこの技術を修得し、これを終つてはじめて菓子職人として一人前と認められるというやり方が行われていること、申請人の上長である会社職長亀井久蔵が、会社に対して、会社主張の趣旨の昭和三十六年六月二十日付意見書(疎乙第四号証)を提出したことが認められる。もつとも右亀井の証言によると、この意見書は会社の支配人格である酒井繁雄が予かじめ、亀井不知の間に同人名義を使用して作製し、同人の押印を求めたものであることが認められるが、前記の業界一般の慣行にてらして、会社が、このことを解雇の一事由として挙げること自体は、必しも不当とはいえない。

(ロ)  会社主張の事実(七)の(ロ)(非能率)については、その主張の趣旨に副う証人亀井久蔵の供述及び前掲疎乙第三号証の一の記載があるけれども、この疎明資料は証人山内啓徳及び申請人の供述中これに反する部分に照して、にわかに措信し難く、他にこの点の会社の主張を認めるに足る疎明はない。したがつて、会社側のこの点の主張は、採用できない。

(ハ)  会社主張の事実(七)の(ハ)(非協力)については、前掲疎乙第一号証、同第三号証の一、証人酒井繁雄、同亀井久蔵、同西川昇、同見保政勝、同山内啓徳、同福島千代子の各供述及び申請人の供述を綜合すると、会社売店に、夕方など、客が一時的に集中するときは、製菓部門の従業員等は、就業時間(会社は、一時間の昼体みを含み、午前八時から午後六時までと定めていた。)の終了後であつても、売店の「手伝い」をして労務を提供していたこと(これが会社のいうように自発的であつたかどうかの判断は、ここではしない。)、これに対して、会社は、時間外割増賃金の支払いをしていなかつたこと(会社は、夜食などを支給していたというが、そのことだけでは、これを適法な賃金の支払いと認め得ないことは勿論である。)申請人は、時間外割増金の支払いがないことを理由に「店の手伝いをする必要はない。」旨主張し、その手伝いをせず、また、他の従業員にも同旨の意見を述べていたことを認めることができる。しかし、その他特に申請人が、他の従業員の労働意慾を阻害する如き言動を為したという疎明はない。そうすると、もともと従業員は、労働基準法に定める時間外協定もなく、また、時間外割増賃金の支払いを受けることもなくして、時間外の労務を提供する義務を負わないことは当然であつて、従つて、会社の主張する如き「自発的」な「手伝い」は、文字通り従業員の自由意思に委ねられるべきものである。故に、会社は、申請人がその「手伝い」をせず、またそれをする必要がない旨他の従業員に対して意見を述べたからといつて、これを理由に申請人を解雇できる筋合のものではなく、若しそれを許すならば、結局右「手伝い」を会社が間接的に強制することを許すことにもなる。

(ニ)  会社主張の事実(七)の(ニ)(門限違反)については申請人が、独身で、寮に居住していたことは、当事者間に争いがない。証人見保政勝の供述によると、申請人は、定められた門限午後十一時をしばしば守らなかつたが、しかし程度の差はあつても、他の寮生達も門限をあまり守つていなかつたことが認められる。他に、この認定を覆えすに足る疎明はなくまた、申請人が戸締りを怠り、非常に不用心であつたとの会社主張の事実を認めるに足る疎明はない。そうすると、この認定の限りでは、いまだ、寮管理の問題であつて、しかも、門限におくれるのは申請人のみではないというのであるから、申請人を他の従業員と区別して、解雇の対象者として選ぶ合理的な基準とは認め難い。

(ホ)  会社主張の事実(七)の(ホ)(退職の意向を持つていたこと)については、この主張の趣旨に副う証人亀井久蔵、同西川昇、同見保政勝、同川村和敬の供述があり、申請人が、一応、会社主張の如き言を、職長亀井や会社和菓子部干菓子主任川村和敬及び同僚の見保政勝等にもらしていたことを認めることができる。しかし、申請人の供述によれば、これは、申請人が、本当に会社を退職しようとの意思の下に述べたのではないことが認められ、しかも、前記亀井、同西川、同見保、同川村の各証言によつても、申請人が、積極的に、他店に移りたい旨会社側に申出た事実は、認められず、また酪農の点についても、申請人が、仕事の途中で「菓子屋はやめて酪農みたいなことをやつてみたい。」と言つたのを右川村が聞いたとか、あるいは右見保に、申請人が「金があつたら鷄や豚を飼つて農業がしたい。」と言つたという程度であり、その話を申請人がしたときの状況、話し方などからみて、会社側としても、申請人が、本当に退職の意思をもつて、そのようなことを述べているものではないことを承知していたものと認めるのが、相当である。従つてこのようなことをもつて解雇理由とすることは、社会通念上妥当とは考えられない。

このように考えてゆくと、会社側主張の申請人に対する具体的な解雇理由のうち、とりあげて考慮に価するのは、前記の(イ)(見習期間の終了)のみであるということができる。

(五)  そこで、進んで不当労働行為及び差別待遇についての申請人の主張を考えてみる。前掲疎甲第二号証、疎乙第一号証、同第三号証の二、成立に争いない疎甲第一号証、証人福島千代子、同山内啓徳の供述、右福島の証言により成立を認め得る疎甲第四号証の一ないし六同じく疎甲第五号証中十一頁の「松川事件を見て」と題する部分、証人酒井繁雄、同亀井久蔵、同西川昇、同川村和敬同見保政勝の供述の各一部、申請人の供述、並びに疎甲第三号証の記載自体を綜合すると、(イ)申請人は、会社に勤務中、昭和三十五年八月製菓工として雇傭された申請外山内啓徳と共に、共産主義を信奉し、「マルクス・しーニン主義の学習と実践」を目的に掲げる民青の同盟員(申請人は、昭和三十五年七月頃、同盟員となつた。)として、積極的に他の従業員を民青主催のレクリエーシヨンの諸行事や、さらに進んで共産主義関係の文献、出版物の研究討論などに誘つていたこと、(ロ)同年十月、右山内が自己都合により退職した後は、専ら申請人が中心となり、従業員倉本洋海(同盟員)、同福島千代子、及び同見保政勝(昭和三十六年一月頃、同盟員となつた)等と共に、会社内で、同様活動を続け、民青出版物の頒布販売、カンパ、映画(前記「松川事件」、その他中国映画等)切符の購入勧誘、新島ミサイル試射場設置反対署名運動などを行つたこと、(ハ)他方労働条件に関する話し合いも相当活発に行い(会社の労働条件が、申請人のいうように、極めて低かつたかどうか、またいわゆる封建的労務管理が行われていたかどうかの判断は、ここではしない。)、労働組合の結成を計画しその進行は、前記山内の退職により、一且停滞はしたけれども、当時は、昭和三十五年十二月迄には結成することを目標に、従業員一般に対する啓蒙活動をはじめとし、工場従業員に対する組合結成の為めの呼びかけ、組合員たるべき者の範囲の選定、組合名称は「中村製菓労働組合」とすることの決定などをしていたことの諸事実を認めることができる。会社は、右の如き事実は知らなかつたので、仮にそのような事実があつたとしても、本件解雇とは無関係だと主張するが、前掲疎明資料によれば、会社は、右申請人を中心とする前記のグループが、右のとおり労働組合の結成を計画し、かつ、その計画を進めつつあつたこと、並びに会社内において、右グループが前記のとおり民青活動をしていたことを察知していたものと認めることができる。そうして、前掲疎明資料によれば、昭和三十六年四月頃、会社は就業規則(前掲疎乙第一号証)の全文を従業員に説明したが、その後、申請人は前記酒井繁雄に対して、就業規則中労働運動を弾圧するおそれがある規定があるので、これを削除して貰いたいと申出たところ、右酒井は、申請人に対して、「組合を作る気か。他を煽動したら、会社も、それ相当の処置をする。」

「君にいろんな不満があれば私に云つてくれ、他の人を煽動するな。」などと言つた事実、また右酒井は、本件解雇の後、同年七月頃、申請人の兄睦幸を訪れ、申請人の思想関係に言及して「一年前の申請人に戻れば」などと述べた事実も窺われる。これと、本件整理において、申請人の他に解雇されたのは、民青グループに属する前記倉本洋海と同福島千代子であつた事実(この事実は、当事者間に争いがない。)そうして、前記見保政勝は解雇されなかつたが、同人は、昭和三十六年三月頃、右民青グループから脱退した事実、及び前記酒井が、日時の点は必ずしも明らかではないが、「中村製菓の為めになるような組合なら大いに作るべきだ。」と述べたことがある事実(以上の事実は、前掲証人見保の供述により認められる。)。並びに、証人酒井繁雄、同亀井久蔵、同川村和敬の供述により認められる会社の製菓部門に申請人より勤続期間が長く、かつ、作業技術の劣る従業員が、解雇されることなく勤務している事実、及び、前述のとおり、会社の主張する申請人に対する具体的な解雇理由が、前記の見習期間の終了の点を除き肯定し得るものではない事実などを考えあわせると前記の会社主張の見習期間終了(前記理由中(四)の(イ))の点の如きは単なる口実にすぎず会社は、右申請人を含む民青グループの抱く共産主義的思想、及びそのグループの労働組合結成計画を嫌い、本件人員整理を機会に、これ等の者を会社から排除しようと計り、少くとも申請人については、これを決定的理由として、解雇を為すにいたつたことを推認するに難くはない。前掲疎明資料中右認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を覆えすに足る疎明はない。

そうすると、解雇権濫用の点は判断するまでもなく、申請人に対する本件解雇は、人員整理を為すにあたつて、申請人が労働組合を結成しようとしたことを理由に特に差別的に不利益に扱つたものとして労働組合法第七条第一号に禁ずる不当労働行為に該当し、同時に、申請人の信奉する共産主義思想を理由に、特に他の従業員と区別して差別待遇したものとして労働基準法第三条にも違反する無効のものと解すべきである。

(六)  次に、本件仮処分の必要性について判断する。前掲疎甲第二号証及び申請人の供述によると、申請人は、会社から支払いを受けていた賃金のみをもつて生活していたもので、本件解雇後、昭和三十六年九月までは一カ月七千円位の民青からのカンパを受けていたが、その後はカンパを打ち切られ、失業保険によつて生活していることが認められる。他に右認定に反する疎明はない。そうすると、たゞ暫定的な短期間の生活保障にすぎない失業保険は、ことに本件の如き地位保全の仮処分の必要性を左右するものとは考えられないから、申請人の主張する仮処分の必要性は、その存在を認めるのが相当である。

(七)  以上の理由により、申請人と会社との間には、なお雇傭関係の存することが疎明され、仮処分の必要性も認められるので、本件申請は相当として保証をたてさせないでこれを認容し、申請費用については民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 至勢忠一 岡野重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例